この文献は、 「労働者運動資料室公式サイト」 より転載させて頂きました。 2012





山川 均

無産階級運動の方向転換




大正11年8月(1922)






一 右翼と左翼との見解  



 急進分子が前に進もうとすると、保守的な分子は、いつでもこういって彼らをひきとめようとする−−ものごとには順序がある、われわれは、一足(イッソク)とびに目標に達することはできぬ、われわれは一歩一歩と、よくふみしめて進まねばならぬ、と。

 これはたしかに真理である。一丁さきに行くにしても、一里さきに行くにしても、われわれは一歩一歩ずつ足をふみかえて歩むほかはない。この点は、急ぐ人も、ゆっくりの人も、同じである。そのごとく、保守主義者も急進主義者も同じである。

 しかしながらわれわれが第一歩をふみしめるのは、第二歩をふみだすためである。保守主義者は第一歩をふみしめることを知って、第二歩をふみだすことを忘れている。

 日本の無産階級運動は、ちょうど今、第一歩をふみしめた。われわれは第二歩をふみださねばならぬ。






二 少数者の運動から



 無産階級の運動は、まず大衆にさきだって階級的にめざめた、少数者の運動からおこってくる。

 階級意識は天から降ってくるものでもなければ、地からわきでるものでもない。それは資本主義の社会には、搾取者の階級と被搾取者の階級とが対立しているという、生活の現実がわれわれの頭に映じた影である。階級意識は五人や三人の非凡な天才のみが意識することのできるむつかしい理屈ではなくて、いやしくも資本主義の社会に生活している以上は、無産階級全体の頭のなかに、一様にわいてくる意識である。一様にわいてこなければならぬ意識である。しかしそれには多少早いと遅いの差別はある。太陽はかっきりと午前五時何十分かに地平線上にでる。しかしすべての草本が、同時に一様に、太陽の光線に触れるわけではない。それと同じく、資本主義の太陽は無産階級全体の上にひとしく照り輝いている。しかし資本主義の太陽を反射する階級意識の光線は、まず少数の人びとの頭に、はっきりと映じる。そこで階級意識にめざめた無産階級のうちの少数者の運動がまず現われる。

 この少数の先覚者は、まず自分の頭に映じた思想を、できるだけ、はっきりさせなければならぬ。それにはいきおい、自分と周囲の大衆とを区別する。無産階級の大多数は、まだ資本主義の心理と思想とに、全然支配せられている。そこで少数の先覚者は、まず資本主義の精神的の支配から脱して、完全に思想の独立をしなければならぬ。そこでいきおい、自分の周囲の大衆とは、ある程度まで思想的にわかれなければならぬ。

 かようにある程度まで、無産階級の大衆から思想的にわかれた−−いいかえれば、一般大衆から思想的に馳けぬけた−−少数者が結束して、まだ団結も意識もない混沌とした無産階級の大衆の間に、ちいさいながらも、ぼんやりとした、かたまりになる。

 この時代は少数の先覚者が、まず自分自身を、はっきりと見さだめねばならぬ時代であった。無産階級運動の目標を、はっきりと見きわめなければならぬ時代であった。そこでこのちいさなかたまりは、ますます思想的に純化し、ますます思想的に徹底する。その階級意識はますます鮮明となり、資本制度にたいする考えはますます深刻となる、そしてわき目もふらずに、ただ一直線に当然の結論に驀進(バクシン)する。そこで初めて、資本制度そのものの撤廃以外には、無産階級の解放はありえぬという明確な思想に到達する。そして真にわれわれを解放するものは、この以後の目標に達する刹那の××(革命)的の行動であって、それ以下の行動−−日常目前の生活を改善しようとする運動のごとき−−は、畢竟(ヒッキョウ)ねうちのないものだという、はっきりとした確信のもとに行動するようになる。そして少数の先覚者の言動は、ますます急進的になり、ますます「革命的」の色彩をもってくる。(収録者の注: 文中の××は当時の検閲によって伏せられた文字を表している。(革命)は伏せられた文字を復元して表示したものである。以下同様)

 階級意識がまだはっきりとしておらず、階級的の団結も組織もない混沌とした無産階級の大衆のうちに、きわめて少数ではあるが、徹底した思想の上に立って、徹底した行動をとろうとする戦闘的の分子が生まれ、この分子がなんらかの形で結合したときに、無産階級運動は、まさにその第一歩をふみしめたものである。そして日本の無産階級運動は、この第一歩をふみしめた。しかもりっぱにふみしめた。われわれは第二歩をふみださねばならぬ。




三 社会主義運動の第一期



 これは日本の無産階級運動の、二つの方面−−社会主義運動と労働組合運動−−を見ればよくわかる。私は二つの無産階級運動といわないで、無産階級運動の二つの方面という。社会党(無産階級の政治的団体)の運動と労働組合(無産階級の産業的団体)の運動とは、無産階級の二つの運動ではなくて、無産階級運動の二つの方面であって、手のひらの裏と表のようなものである。

 日本における今日までの社会主義運動は、ごく少数の運動であった。この少数は、資本主義そのものの成熟し発達するにつれて、ふえたには相違ない。現に急速にふえつつある。けれども、ともかくも、日本の社会主義は今日にいたるまで、一度もまだ大衆的の運動となったことはない。

 日本の社会主義運動は、思想的に徹底した。少なくとも戦争前までの各国の社会主義運動にくらべたなら、日本の社会主義運動は、思想的には徹底し純化していたことを認めねばならぬ。けれども日本の社会主義運動が思想的に徹底し純化するためには、高価な代価が払われている。すなわち大衆と離れたことである。

 過去10年間における日本の社会主義運動は、まず自分を無産階級の大衆と引き離して、自分自身をはっきりさせた時代であった。そしてこれはまだ無産階級の大衆が、全然資本主義の心理と思想とに支配せられていた時代に、独立した無産階級の考え方と、独立した無産階級的の思想と見解とを築くためには、必要な道程であった。そして日本の社会主義運動は、この点においては成功した。日本の社会主義運動は過去20年間を通じて、つねに階級闘争主義と革命主義との上に立っていた。日本の社会主義運動の思想には、一度も妥協主義や、日和見主義や、改良主義がまざっていたことはないといってよい。おそらく日本の社会主義者ほど、明白に資本主義の撤廃という最後の目標をのみ見つめていたものはない。けれどもこの最後の目標を見つめていたために、かえってこの目標にむかって前進することを忘れていた。いかにしてこの目標にむかって前進すべきかという問題を忘れていた。われわれは資本制度の撤廃という理想を、たいせつにしまっておいた。このだいじな理想に虫がつかぬように、しみができぬように、いつまでもその純真と純潔とを損ぜぬように、たいせつにしまっておいた。

 そしていやしくも資本制度をすぐさま撤廃することのできぬいっさいの問題や運動には、なんらかの興味をも持たなかった。国家はブルジョアの支配の道具であるとしてみれば、無産階級が国家に何ごとを要求してみてもつまらない! 政府は資本家階級の委員会であるとしてみれば、その政府の政治をつかまえて、かれこれいってみたところでつまらない!資本制度の存続するかぎりは、部分的の改善を得たところでつまらない。いっさいのものを得るか、しからざればなんにもいらぬ。いやしくも××(革命)以外の、いっさいの当面の問題はつまらない!これが過去20年間における、われわれ社会主義者の態度であった。

 




四 われわれは誤っていた (注一)



 しかしながらこうした潔癖な「革命的」の態度をとることになれば、資本制度のもとにおこるいっさいの事がらを、ただ片っ端から口さきや筆さきで否定するだけあって、まず10人か20人の御定連が集まって、革命の翌日を空想して気焔をあげるか、巡査を相手に「革命的」の行動にでて、一晩の検束をうけて大いに「反逆の精神」を満足させるくらいが関の山である。資本制度を否定はするが、実際においては、かえって資本制度そのものには、小指一本も触れてはおらぬ。かような消極的の態度をとっているうちは、社会主義運動が思想的に純化すればするほど、それは無産階級の大衆とは離れてくる。かような態度は虚無主義者の理想であっても、決して社会主義運動−−すなわち無産階級の大衆的運動−−の態度でないことはいうまでもない。そしてわれわれはたしかに、この誤謬におちいっていた。

 階級的にめざめた少数者が、まだ資本主義の精神的支配の下にある一般大衆から自分を引き離し、まず思想的に独立し、思想的に純化することは、無産階級運動の第一歩として必要なことである。そして無産階級の運動が、一度は必ずかような時期をも経過しなければならぬことは、前にも述べた通りである。けれどもそれはただ、無産階級運動の第一歩である。この準備の第一歩に、20年間を費やしたことは、たしかにわれわれのあやまちである。第一歩をふみしめることを知って、第二歩をふみだすことを知らなかったのは、たしかにわれわれの誤りであった。われわれの運動は、思想的には徹底し純化した。けれども実際運動の方面では、20年間かかって第一歩をふみしめたばかりで、第二歩をふみだすことを忘れていた。われわれは思想的には純粋の革命主義者となった。けれども実行の上には、次の一歩をふみだすことを忘れる保守主義者の誤謬におちいっていた。

 それにはもちろん、日本の社会主義運動が、世界に比類の少ない逆境に育つたということと、日本の資本主義の発達がおくれていたという事情をも勘定にいれねばならぬ。けれども私はそれよりも過去におけるわれわれの誤りを、大胆率直に認めたい。少なくとも形勢の一変した今日と今後においてわれわれが依然としてかような態度を守っているならば、われわれは許すべからざる誤謬をつづけているものである。



 (注一)この一語は不幸にして、後日いろいろの議論の種子となった。すなわち一方では無産階級運動の反対者は、この一語をもって社会主義者の「懺悔」(ザンゲ)であり、「詫証文」(ワビショウモン)であると見た。そして日本の社会主義運動と労働運動との過去は、ことごとく「誤謬」であって、今や社会主義者自身がこの誤謬を承認し告白したものである。したがって日本の無産階級運動は、過去の誤りを悔悟して、正しい軌道、ないしは正しい指導−−改良主義の軌道ないしは小ブルジョア進歩主義の指導?−−に従わねばならぬと主張した。それと同時に一方には、無産階級運動の同情者の間、ないしは無産階級運動の陣営の間にすらも、日本の無産階級運動の過去はことごとく誤謬であり、したがって無意義であったという意味で、「方向転換」に同意した人びとがある。

 私は無産階級運動の一兵卒として、一個人としては、たえず誤謬を犯し、そして、たえず「悔悟」しているものである。したがって何人から要求せられても、私は喜んで自己の誤謬を承認するに躊躇せぬ。けれども日本の無産階級運動が全体として−−よしそのうちには多くの誤謬があったにせよ−−今日まで誤った道を歩んでいたものであり、したがって今日までに築きえたいっさいを棄てて、全然異なった道をふんで−−たとえば小ブルジョア自由主義の運動から−−出直さねばならぬという見解には、断じて承服せぬ者である。

 私が「われわれは誤っていた」という意味は、本文を正当に理解せられた読者には、もとより明白であると思う。






五 労働組合運動はどうか



 無産階級運動のいま一つの方面−−労働組合運動のほうはどうだろう。

 組合運動も同じことである。日本の組合運動は、なんといっても、労働階級のうちのごく少数の運動である。もちろん今日でも、組合運動は社会主義運動よりも、分量が大きいには相違ない。しかしこれは当然のことであって、無産階級の政党(日本では社会主義運動が、まだ無産階級の政党にまで発達しておらぬが)は、政治上の意見と綱領とを条件として結束するものであるから、いきおい労働階級中の前衛たる人びとの団結となるが、組合はすべての労働者を産業的に包容することを理想とする粗織である。かように組合運動は本来の性質からいって、社会党よりもいっそう包容的なものである。これを勘定に入れて考えると、日本の組合運動は、社会主義運動と同じほど、きわめて少数の運動であるといってよい。

 組合員の総数からしてごく少数であるが、この組合運動の中心となって、実際活動している分子は、さらに少数である。今日の日本の組合運動は、労働階級の大衆の運動というよりも、むしろごく少数な、労働階級の先覚者の運動たる性質を多分にもっている。そしてこれらの先覚者は、分量においてこそ少数であるが、鮮明な階級意識をもち、その思想の徹底し純化している点においては、100年、150年の歴史を有する外国の組合運動とくらべて、すこしの劣りがない。けれどもそれと同時に、これらの少数の労働階級の先覚者が思想的に徹底し純化していればいるほど、その周囲の一般組合員との聞には、かなりに思想の上、行動の上の距離がある。さらに労働階級の大衆との間には、いっそう大なる距離がある。

 かように日本の組合運動は、まだ今日のところでは、労働階級の大衆の運動というよりも、むしろ労働階級の先覚者たり前衛たる少数者の運動であって、組合は当面の経済上の利害のみをもって集まった団体というだけでなく、同時に多かれ少なかれ思想的に集まった無産階級の政党、ないしは思想団体たる性質をも、いくらかもっている。かような点では、日本の社会主義運動と労働組合運動との間には、いちじるしい類似がある。

 これは何故(ナニユエ)であろうか。いうまでもない。無産階級運動は(とくに日本の状況の下では)まずこうした第一歩をふみしめる必要があったからである。もっとも早く階級意識の黎明(レイメイ)にふれた労働階級の少数者は、社会主義運動の場合と同じように、まず自分自身をはっきりと見さだめ、まず組合運動の最後の目標を、明確に見きわめる必要があった。資本主義の思想と心理に支配せられている労働階級の大衆から自分を引き離して、まっしぐらに思想的に徹底し純化する必要があった。この準備がなくしては、ほんとに深刻な労働組合運動はおこらない。少数ではあるが、真実にまた徹底的に資本主義の精神的支配から独立して、純粋な無産階級的の思想と見解との上に立った労働階級の前衛が現われてこそ、無産階級運動は初めて生まれてくる。

 これは無産階級運動の第一歩であった。日本の組合運動はこの第一歩をふみしめた。しかも、りっぱにふみしめた。

 しかし日本の組合運動が、もしこの第一歩をふみしめたままで同じ場所にとどまるなら、もしこの第一歩をふみしめた瞬間に、ただちに第二歩をふみだすことを忘れるなら、日本の組合運動も、ひとたび日本の社会主義運動のおちいった同じ誤謬をくりかえさねばならぬ。






六 われわれの新しい標語



 日本の無産階級運動−−社会主義運動と労働組合運動−−の第一歩は、まず無産階級の前衛たる少数者が、進むべき目標を、はっきりと見ることであった。われわれはたしかにこの目標を見た。そこで次の第二歩においては、われわれはこの目標にむかって、無産階級の大衆を動かすことを学ばねばならぬ。無産階級の前衛たる少数者は、資本主義の精神的支配から独立するために、まず思想的に徹底し純化した。それがためには前衛たる少数者は、本隊たる大衆を、はるかうしろに残して進出した。今や前衛は敵のために本隊から断ち切られる憂いがある。そして大衆をひきいることができなくなる危険がある。そこで無産階級運動の第二歩は、これらの前衛たる少数者が、徹底し、純化した思想をたずさえて、はるかの後方に残されている大衆の中に、ふたたび、ひきかえしてくることでなければならぬ。なお資本主義の精神的支配の下にある混沌たる大衆から、自分を引き離して独立することが、無産階級運動の第一歩であった。そしてこの独立した無産階級の立場に立ちつつ、ふたたび大衆の中に帰ってくることが、無産階級運動の第二歩である。「大衆の中へ!」は、日本の無産階級運動の新しい標語でなければならぬ。

 この新しい評語を実現するためには、日本の無産階級運動−−社会主義運動と労働組合運動−−は、つぎのごとき意味で、方向転換の必要がある。






七 大衆は何を要求しているか



 無産階級運動の第一期には、われわれは自分の思想を純化し、無産階級運動の以後の目標を、明らかに見ることを第一義とした。そしてそのためには、われわれは行動の効果を、十分に考える余裕がなかった。無産階級運動が第二期に入ると同時に、われわれは一面には、この目標をいっそうはっきりと認めつつ、一面には無産階級の大衆が、現に何を要求しているかを的確に見なければならぬ。そしてわれわれの運動は、この大衆の当面の要求に立脚しなければならぬ。われわれは資本主義の撤廃を目標とする。われわれは資本主義の撤廃以下の、いかなる改善も、決してわれわれを解放せぬことを知っている。けれどももし無産階級の大衆が、資本主義の撤廃を要求しないで、現に目前の生活の改善を要求しているならば、われわれの当面の運動は、この大衆の現実の要求を基礎としなければならぬ。われわれは、生産は生産者によって管理されねばならぬことを知っている。けれどももし労働階級の大衆が、まだ生産の管理を要求しないで、現に一日10銭の賃金増額しか要求しておらぬなら、われわれの当面の運動は、この大衆の実際の要求に立脚しなければならぬ。われわれの運動は大衆の現実の要求の上に立ち、大衆の現実の要求から力を得てこなければならぬ。

 これは革命主義から改良主義への堕落であろうか。決してそうではない。大衆の行動を離れては革命的の行動はなく、大衆の現実の要求を離れては、大衆の運動はないからである。革命主義と改良主義との岐(ワカ)れるところは、われわれが日常当面の運動の上で、大衆の実際の要求に譲歩するか譲歩せぬかにあるのではなくて、かような実際の運動と実際の闘争との間に、大衆の要求を高めて、最後の目標に進ませることに努力するかいなかという点にある。

 敵にたいして非妥協的の態度をとるために大衆の実際の要求と妥協する結果として、われわれはいきおい無産階級の大衆の当面の利害を代表する運動、当面の生活を改善する運動、部分的の勝利を目的とする運動を、今日よりもいっそう重要視しなければならぬ。いいかえれば、われわれの運動は実際化されねばならぬ。






八 政治の否定と政治的対抗



 したがって無産階級の運動は、ブルジョアの政治にたいしても、決して無関心であってはならぬ。なぜならば政治がブルジョアの支配を意味しているかぎりは、民衆の生活は、政治から直接の影響をうけるからである。早い話が、労働者が工場における悪戦苦闘によって、やっと一割の賃金増額に成功しても、税金の掛け方にすこし手加減をするとか、金利政策で物価をすこしばかり吊り上げさえすれば、譲歩させられた二倍も三倍もを、労働者から取り戻すことができる。かくて労働階微が経済上の戦線で得た勝利は、無産階級が政治的に無関心であるかぎりは、政治上の戦線で、ほとんど戦わずして敵のために取り返されてしまう。それと同じく政府の収入が、どんな税金で取り立てられ、そしてどんなあんばいに支出せられるかは、決してブルジョア政治家の遊戯ではなくて、痛切に無産階級の利害に関する問題である。たとえば海軍の縮少から生じた剰余金が、営業税の引き下げのために使われるか、それとも失業防止のために振り向けられるかは、賃金がふやされるか、へらされるかという問題と同じほど、労働者の生活に直接影響する問題である。この剰余金が同じく教育費に振り向けられるにしても、高等学校の増設に用いられるか、それとも小学校の学用品や食事の支給に使われるかは、無産階級の利害に直接の関係がある。今日の政治は、民衆の生活−−ことに民衆の経済生活−−と没交渉な政治である。政治をもっと民衆の生活に触れしめねばならぬという者がある。けれども無産階級の生活−−ことに無産階級の経済生活−−に触れない政治がありうるであろうか。政府が議会に提出し、ブルジョアの代表者が協賛を与える十数億の予算のうちの一銭一厘といえども、究極において、生産者たる無産階級の生活に触れないものがあるであろうか。ブルジョアの政治は、つねに無産階級の生活に触れている。ただに触れているばかりでなく、多年の搾取のために生きながら毛をひきむしられて赤ただれにただれた無産階級の生活に、残酷に触れている。

 ある人はいうだろう。政府はブルジョアの政府である。われわれはその政治に何ものをも期待せぬ、と。その通りである。われわれは政府から何ものを与えられようとも期待せぬ。それゆえにわれわれは、すすんで政府に要求−−懇願ではない−−しなければならぬ。いやしくもわれわれの欲するもの、いやしくもわれわれに必要なものは、ブルジョア政府の手から、すべて闘って取らねばならぬ。虚無主義者はいうだろう。政府はブルジョアの政府である。無産階級はただ、彼らの政治をそっくり否認すればたくさんである、と。これはちょうど、蝿は不潔な虫である。われわれはただこれを絶滅すればよい。われわれはこの不潔な虫を相手にせぬ、この不潔な虫を相手にすることは、やがてこの不潔な虫を認めることになる、われわれはこの不潔な虫を認めないといって、現在、頭の上にとまっている不潔な虫を追わぬのと同じである。われわれがただたんに頭の中で彼らを否認している間にも、頭の上では、彼らは勝手に不浄物をおとしている。現在の政治はブルジョアの支配であるにもせよ−−いなブルジョアの支配であればこそ−−このブルジョアの支配たる政治が現にわれわれを支配し、現にわれわれの生活に直接深刻な影響を与えている以上は、われわれはブルジョアの政治を度外視することはできぬ。われわれは積極的にブルジョアの政治と戦わねばならぬ。ブルジョアの政治を、たんに消極的に否定して納まっている結果は、ブルジョアの政治を肯定し支持するのと同じことになる。たんなる思想上の否定は、決してブルジョアの支配と積極的に闘う道ではない。われわれのなすべきことは闘いである。ブルジョアの政治と闘わぬ者は、ブルジョアの政治を援(タス)けている者である。

 資本主義の社会は、ブルジョアの支配する社会であるとしたならば、われわれはいやしくもブルジョアの権力と支配との現われる場所では、いかなる方面、いかなる戦線でも戦わねばならぬ。しかるに政治の戦線は、ブルジョアの支配と権力とが、もっとも露骨に現われ、もっとも直接に現われる場所である。もし無産階級運動が、ブルジョアの政治をただ思想的に否定しただけで、いっさいの政治上の問題に無関心であるならば、それは政治の戦線におけるブルジョアジーとの闘争を回避しているものである。たんに現行の制度を思想的に否定しただけでは、現在の制度に、楊子(ヨウジ)のさきでつついたほどの手傷をも負わしめることはできぬ。もし無産階級が真にブルジョアの政治を否定するならば、たんに消極的に否定するばかりでなく、積極的に否定しなければならぬ。いいかえれば、積極的にブルジョアの政治と闘わねばならぬ、ブルジョアの政治にたいして、無産階級の政治を対立させなければならぬ。

 もっともこの点については、日本の労働組合運動は、最近にいちじるしく傾向が変わってきた。今年のメーデーの評語の一つは、労農ロシア承認の要求であった。これは明らかに、労働階級の政治上の要求である。生活権の要求にしても、失業問題解決の要求にしても、または最近における過激法案反対の要求にしても、これらはみな国家にたいする労働階級の要求であるから、政治上の要求であり、したがって無産階級の政治的運動であるといってよい。






九 全線の方向転換



 われわれの第一歩は、無産階級運動の最後の目標を見きわめることであった。われわれはこれを見きわめた。われわれは思想的に徹底し純化した。われわれは思想的に革命主義者となった。けれどもこの革命主義者は、まだ大衆を動かすことを知らぬ革命主義者であり、大衆と共に動くことを知らぬ革命主義者であった。革命の思想を知って、革命の運動を知らぬ革命主義者であった。

 そこでわれわれは第二歩においては、この目標と思想との上に立ちつつ、大衆を動かすことを学ばねばならぬ、そして大衆を動かす、ただ一つの道は、われわれの当面の運動が、大衆の実際の要求に触れていることである。そしてわれわれがこの目標と思想との上に立ちつつ大衆を動かし、大衆と共に動くことを学んだとき、初めて××(革命)の思想が××(革命)の運動となるのである。

 これがためには、われわれは、あれもつまらぬ、これもつまらぬという消極的、回避的、懐疑的、虚無主義的の態度を棄てて、積極的、戦闘的、実際的とならねばならぬ。われわれはいやしくも資本主義の支配と権力との発露するあらゆる戦線において、無産階級の大衆の現実の生活に影響するいっさいの問題にたいしてたんに否定の態度から積極的闘争の態度に移らねばならぬ。

 これが日本の無産階級運動の、全線にわたって行なわねばならぬ方向転換である。日本の無産階級運動は少数の精鋭な革命的前衛を産み出した。これが日本の無産階級運動の第一歩であった。日本の無産階級運動は、大衆を動かすことを学ばねばならぬ。これが日本の無産階級運動の第二歩である。

 「大衆の中へ!」。しかしながらわれわれはそれと同時に、なお資本主義の精神的支配の下にある大衆の中に分解してしまうてはならぬ。われわれがせっかくふみしめた第一歩を棄てて、少数の前衛が大衆の中に分解してしまうたなら、その時こそ無産階級運動の一歩前進ではなくて、革命主義から改良主義と日和見主義への堕落である。

 







[無産階級運動の方向転換 終り]







 このファイルは、特定非営利活動法人 労働者運動資料室 の堺・山川・向坂文庫にある 山川 均 「無産階級運動の方向転換(1922)」を、ご同意を得て、そのまま転載させて頂きました。同資料室のご好意に感謝します。

 *初出は『前衛』1922年7・8月合併号。
 資料室文献での底本は川口武彦編『道を拓く 山川均・大内兵衛・向坂逸郎論説集』(社会主義協会 1991年)
 


マルキストアーカイブ 日本語セクションに、「山川 均 無産階級運動の方向転換(1922)」を収録するに当たっての経緯は、この論文の英語訳を行ったフラナル バルドビンソン さん、アイスランド出身で、日本の社会主義者の運動というテーマで、日本の大学で研究を継続されている、方から、この日本文献の英訳文を当該日本語セクションに掲載してもらえるかとの相談を受けたことに始まります。

この件については、MIAの事務局長のアンデイ ブレンデンさんに伝え、私の方では日本語そのものの元の論文を掲載し、英訳については、MIAの「日本のマルクス主義」セクションに掲載してもらうことがいいのではないかと相談したところ、アンディさんは私とフラナルさんへ、英文を読んでみた。当方で掲載手続きをすると素早い決断で、事が運びました。すでに英文はMIAの「日本のマルクス主義」セクションに掲載済です。山川 均氏の略歴もフラナルさんの英文で要約されています。

労働者運動資料室に、収録についてお願いしたところ、快諾頂き、このような形で読んで貰えることになりました。いろいろな人々のご協力を得て、実現していることに、幸せを感じているところです。 なお、文中の漢数字は、アラビア数字にして、見やすくしました。収録担当者 宮崎恭一 2012/03/28